「岩田さん」(ほぼ日刊イトイ新聞)をKindleで聴いて分かった9つの疑問!

Kindle Fireの2倍速での読み上げ時間 約1時間50分(本書に掲載されている「岩田さんのことばのかけら。」は、画像になっているため読み上げできません)

新型iPhone「11」が9月11日に発売されることになりました。

新しいiPhoneが発売されるたびに思います。スティーブ・ジョブズ氏が健在だったら、iPhoneのカメラの出っ張りを改善するだろうな、と。

iPhone11の発売から2週間後、スマートフォン向け「マリオカート」が配信されます。

任天堂の元社長・岩田聡(いわた さとる)さんが健在だったら、スマートフォン向けの「マリオカート」を開発したのか、ちょっと気になります。

そこで今回は、2015年7月11日に亡くなった岩田聡さんの生前の言葉をまとめた「岩田さん」をKindleで聴いてみました。

「岩田さん」の概要

岩田さん 岩田聡はこんなことを話していた。」は、42歳の若さで任天堂の社長になった岩田さんの、経営哲学、コミュニケーション、チームマネジメント、プライベートが詰まった一冊です。

任天堂のゲームを知らない方でも、楽しめる内容です。

ビジネスや人間関係について、たくさんの気づきを得ることができました。

岩田さんのプロフィール

1959年12月6日生まれ。北海道出身。

東京工業大学工学部情報工学科卒業。

大学卒業と同時にHAL研究所入社。

1993年、HAL研究所代表取締役就任。

2000年、任天堂株式会社取締役経営企画室長就任。

2002年、同社代表取締役社長就任。

開発者としてさまざまな傑作ゲームを世に送り出す一方、任天堂の社長に就任してからは、ニンテンドーDS、Wiiといった革新的なハードをプロデュースし、自身のテーマである「ゲーム人口の拡大」に努めた。

「ほぼ日刊イトイ新聞」より引用

「岩田さん」を聴いて分かる9つの「なぜ?」

疑問1 なぜWiiのコントローラーを「リモコン」と呼ぶのか?

Wiiが発売される前、ゲームを操作するモノは「コントローラー」でした。

岩田さんが呼び名を「リモコン」と変えたのは、ゲーム機の将来を見据えたこだわりがあったからでした。

疑問2 なぜ任天堂のゲーム機はファミリー向けを目指すのか?

ゲーム機の売上を伸ばすためには、グラフィック性能の向上とか、本体の処理能力の向上とか考えてしまいそうです。

ところが、岩田さんが目指したのはファミリー向けのゲーム機

少年
少年
たしかに任天堂のゲーム機は、ソニーのプレステに比べて画像の粗さを感じますね

2006年「Wii」の開発にあたって、岩田さんは毎日電源を入れてもらうことを目指しました。

そのために、社長の岩田さん自ら「1時間で強制的に電源が切れるゲーム機」を提案します。

ゲーム会社の社長の提案が、強制的に電源を切ってしまうという逆転の発想が面白いです。

おじさん
おじさん
結局、この機能は実装することはありませんでしたが、別の形でwiiに搭載されたエピソードが掲載されています

疑問3 なぜ任天堂にはクソゲーが無いのか?

「クソゲー」とは「クソゲーム」の短縮形。

ゲーム評論を行なうユーザーやメディアが、つまらないコンピュータゲームや初めから積んでいるようなゲームを酷評する際に用いる言葉、またはその評価が与えられた個々のゲーム作品に対して用いる。

Wikipedia

ゲームが面白いか、面白くないかは人それぞれなので、人によっては任天堂にも「クソゲー」はあると言うかもしれません。

でも、任天堂が他社には無い面白いゲームをいくつも発売してきたのは間違いないでしょう。

おじさん
おじさん
よそのメーカーでは、ビックリするくらいつまらないゲームがありますから

なぜ、任天堂が面白いゲームを開発できるのか、その理由が分かりました。

疑問4 なぜ2画面のDSができたのか?

ニンテンドーDSが発売されたときは驚きました。

というか、「なんで2画面いるの?」と僕は批判的に思っていました。

こんな奇抜なアイデアが出るのは、岩田さんのゲームに対する思いからでした。

疑問5 なぜ倒産寸前のHAL研究所を立て直せたのか?

大学を卒業した岩田さんは、社員5人のベンチャー企業「HAL研究所」に就職しました。

初代ファミコンの「ゴルフ」や「ピンボール」を開発したのは、HAL研究所時代の岩田さんだったそうです。

その後、HAL研究所は従業員数90名まで大きくなります。

ところが岩田さんが33歳のとき、HAL研究所が15億の負債を抱え、倒産寸前。

当時、開発部長だった岩田さんが、会社再建を託され代表取締役社長に就任します。

その後、岩田さんは6年間で完済し、会社を立て直しました。

取引先からも社員からも信用されない状況で、岩田さんの取った方法は、僕のような管理職の人間に役立つヒントになりました。

疑問6 なぜ岩田さんは42歳の若さで社長になれたのか?

岩田さんが任天堂に入社した頃、任天堂は山内家の同族経営でした。

次期社長も当然のように山内家から出るものと思われていました。

ところが、社長に抜擢されたのは入社2年目で42歳の岩田さんでした。

元々プログラマーだった岩田さんが、任天堂の社長まで登り詰めたのは、仕事への考え方だと思います。

ここで「3人のレンガ職人」という寓話を紹介します。

旅人がレンガ職人に何かを作っているのか尋ねました。

1人目のレンガ職人は「レンガを積んでいる」と答えました。

2人目のレンガ職人は「壁を作っている」と答えました。

3人目のレンガ職人は「みんなが心安らかでいられるよう、教会を作っている」と答えました。

というお話です。

岩田さんは、3人目のレンガ職人だったから、42歳で社長になれたのでしょう。

おじさん
おじさん
僕は2番めですね

疑問7 『MOTHER2』の名言の真意は?

コピーライターの糸井重里さんが携わった『MOTHER2』というゲームは、約4年経っても完成せず行き詰まっていました。

見かねた岩田さんは、

「いまあるものを活かしながら手直ししていく方法だと2年かかります。イチからつくり直していいのであれば、半年でやります」

「岩田さん」より引用

と言い、開発チームに加わり、頓挫していたゲームを本当に半年で完成させました

この言葉、カッコいいんですが、普段は謙虚な岩田さんにしては、ちょっと尊大なように感じます。

本書では、この名言の意味を岩田さん側と糸井重里さん側の両方から聞くことができます。

疑問8 なぜ岩田さんが経営者として評価されるのか?

読書量は年収に比例すると言いますが、岩田さんも読書家だったことが分かりました。

もちろん、読書だけで優れた経営者になれるわけでは無いです。

岩田さんは「見える化」というワードをよく使っていたそうです。

岩田さんが経営者として評価されるのは、この「見える化」を徹底していたからかもしれません。

人を操るのではなく、「共有」することの大切さを学べました。

疑問9  なぜ岩田さんは人を惹きつけるのか?

本書は、亡くなった岩田さんの言葉をまとめたもの。

岩田さんのコトバのほかには、「盟友」である任天堂の宮本茂さん糸井重里さんのインタビューが掲載されています。

なぜ年上の二人が岩田さんに惹かれるのか?

なぜ岩田さんの死は世界中で報道されたのか?

本書を読んで岩田さんが愛される理由が分かりました。

おじさん
おじさん
亡くなった方の本なので湿っぽくなりそうですが、全然そんなことは無かったです

まとめ

岩田さんのことは、ゲームのプレゼンなどで知っている程度でした。

実直さが全面にでた方だと思っていましたが、ゲーム開発では自分の意見を曲げない芯の強さも持っていたことに驚きました。

一番の学びは、共有することの大切さ。

本書の中で、岩田さんが「自分のコピーが2,3人いたら…」と考えていたことを反省する場面があります。

僕も同じようなことを考えていたので反省です。

自分が3人いるよりも、自分以外の誰か3人と一つのことを目指したほうが良いものができるのは当たり前ですね。