ひとつ実践・「嫌われる勇気」を聴いて、怒るのをやめることにした!

嫌われる勇気」は2013年に出版され、5年以上経った今でも書店で平積みされているようなベストセラー書籍です。

恥ずかしながら、これまで本を読む習慣が無かった僕は、2019年に入ってようやくオーディオブックで聴きました。

 

僕が勤める焼肉屋には、アルバイトの高校生や大学生が10人くらい居ます。

普段は和気あいあいな雰囲気を醸しつつ、やっぱり怒る時は怒らないとと思ってやってきました。

おじさん
おじさん
この理由は、怒りっぽい性格を正当化しているだけかも

 

実際問題、飲食店のアルバイトがバカな動画を投稿して、閉店にまで追い込まれるケースがあります。

 

今の教育は暴力反対褒めるのが主流のようです。

そんな甘い教育がこういう若者を増やしてきたんだと、自分の中で苦々しく思っていました。

 

でも、「嫌われる勇気」を聴き終え、「怒らないこと」を実践しようと決めました。

 

「嫌われる勇気」はアドラー心理学の本

嫌われる勇気」は、哲学者の哲人と卑屈な性格の青年との会話で進行していきます。

哲人は哲学者とは言え、理論はアドラー心理学に基づいています。

 

心理学ではフロイトやユングの名前は知っていますが、アドラーの名前は、この本で初めて知りました。

 

怒るとは?

そもそも怒るとは、どういうことでしょうか?

なにか自分にとって不利益となることが発生したときに沸き起こる感情だと思っていました。

 

アドラー心理学の「怒る」

アドラーは、「怒る」とは相手を屈服させるために作り出した感情だと言います。

 

僕がアルバイトの指導に「怒る」という感情を選んでいたのも、アドラーによれば上下関係を築きたいからだと理由付けられます。

和気あいあいとした信頼できる横の関係を築こうとする一方で、相手を上から支配しようとしていたのです。

 

こうなると、「和気あいあい」なんて言う言葉を使っていた自分が滑稽に見えています。

おじさん
おじさん
自分に都合よく解釈してるだけじゃん

 

褒めるのは?

じゃ、怒るのをやめて、褒めれば良いのか?と思うのですが、アドラーは褒めることも否定します

怒ることも、褒めることも、どちらも相手の上に立とうとする行為なのです。

 

たとえば、友人から「今回はよく出来たね」と言われたことを想像すると分かりやすいです。

こんなふうに言われたら、上から目線を感じませんか?

 

怒っても褒めても、相手とは上下関係しか結べないのです

 

なぜ上下関係はダメなのか?

上下関係は、企業でも上司・部下のように普通にある関係です。

家族でも、親子関係は言い換えれば上下の関係になります。

 

なぜ、それがダメなのでしょう?

 

「褒める」と「叱る」

人間関係を上下でしか見ないと両者とも不幸になるとアドラーは説きます。

 

褒める親には、褒められて満足する子供が育ちます。

逆に叱る親には、叱られないように他人の評価ばかり気にする子供が育ちます。

 

つまり、どちらの場合も他者にどう思われるかを心の拠り所とします。

 

僕自身、他人から優しいとか出来るとか器が大きいとか、良く見られたい欲求が大きくなっています。

でも実際には、心の中で細かいことを気にしたり、他人のことをバカにしたりしています。

おじさん
おじさん
本当にゲスでしょうもない人間です

 

それが言葉の端々に出てきて、寝る前に「余計なことを言ってしまった」「絶対に怒ってるわ」とウジウジ考えてしまいます。

すると、だんだん人と接すること自体を避けるようになります。

 

つまり、叱る側の人間も、他人の目を気にする人生を歩むことになってしまうのです。

 

他人の目

他人の目というのはクセモノで、他人の心は自分では分かりません。

だから、自分で他人の心を想像します。

 

社長にどう見られているか、アルバイトから見た自分は優しい店長なのか、お客さんには人付き合いの良さそうな店長に見えているだろうか、と。

 

全ての人に完璧に見られるはずもなく、どこかで誤魔化したり、他人を怒ることで上の立場を維持しようとしたりします

 

怒る人こそ本当は劣等感が強い、と聞いたことがあります。

本書を読んで、自分の劣等感を他人に悟られないように怒っているんだと、分かりました。

 

自分だけが立派な人間を演じきっているつもりですが、他人から見ればすごく小さな人間に見えているんじゃないでしょうか。

テレビに出ているタレントでも、器の小さい人間はすぐ分かります。

まして身近な人間だったら、どんなに大きく見せても無駄です。

 

上下関係では、下の人間よりも、むしろ上に立とうとする人間の方が不幸に思えてきました

おじさん
おじさん
自身を客観的に見ても、いろいろと取り繕って不幸だなと思います

 

怒るのをやめるには?

アドラーは周りの人間は仲間だという共同体感覚を持つように言いますが、その感覚をいきなり持つのは難しいです。

だから、僕はまず怒ることをやめます。

 

嫌われる勇気」を読んで、怒ること自体が恥ずかしいことだと分かったのですが、やっぱり腹の立つこともあります。

本で書いてあることに納得しても、すぐに考え方や性格を変えることは出来ません。

 

そこで、僕は毎日笑顔で挨拶することに決めました。

笑顔で挨拶していれば怒る感情が湧きにくいのが理由の一つ。

 

でも、それ以上に、怒った次の日も笑顔で挨拶するのは気恥ずかしいから

その気恥ずかしさは、怒った自分へのペナルティになります。

おじさん
おじさん
照れ隠しにお茶目に振る舞おうかな

 

怒ることをやめることによって、アルバイトの人達との上下関係を少しずつ横の関係にしていけたら、と思います。

 

まとめ

怒ることにフォーカスを当てて、僕自身が実践することをひとつ紹介しました。

 

僕の他にも「嫌われる勇気」を読んで、怒ることは恥ずかしいと気づいた人も多いのではないでしょうか。

 

本書では、他者貢献など、もっと深いところまで記されていますが、まずは怒らないことを実践してみます!